体調を崩して働けなくなったとき、「一度休職してから考えるべきか」「もう辞めてしまったほうが楽か」で止まる人はとても多いです。この問いは、気持ちの強さや根性の問題として語られがちですが、実際には、お金の面ではかなり機械的に答えが出ます。
分かれ目は健康保険の加入期間が、退職日の時点で継続して1年以上あるかです。ここが1年に届いているかどうかで、退職後に受け取れる金額が数十万円から百万円単位で変わります。しかもこの差は、やめる順番を1〜2か月ずらすだけで埋まることがあります。
この記事では、協会けんぽなどの公開情報をもとに、順番の決め方を判定チャートと早見表で整理します。なお、療養が必要かどうか、休めるかどうかの判断は医師のものです。ここで扱うのは、医師の判断を前提にした手続きとお金の順番だけです。
健康保険の加入期間が1年に届いていないなら、休職を先にして1年を超えてから辞めるほうが有利になるケースが多いです。退職後も傷病手当金を受け取る「資格喪失後の継続給付」の条件が、①退職日までに被保険者期間が継続して1年以上 ②退職日に傷病手当金を受けているか受けられる状態、の2つだからです。
すでに1年以上あるなら、順番の自由度は高くなります。ただしどちらの場合も、退職前に連続3日の待期を完成させて支給を始めておくことと、退職日には出勤しないことは共通の鉄則です。
順番を決めるのは、たった2つの事実
ネット上の記事の多くは「体調を最優先に」「まずは休職を検討しましょう」で終わります。それ自体は正しいのですが、判断材料になりません。実務上、順番を左右するのは次の2つの事実です。
事実1:健康保険の加入期間が継続1年以上あるか
傷病手当金は、退職して健康保険の資格を失ったあとも受け取り続けられる場合があります。これを資格喪失後の継続給付と呼び、協会けんぽが示す条件は次の2つです。
- 退職日までに、健康保険の被保険者期間が継続して1年以上あること
- 退職日(資格喪失日の前日)に、傷病手当金を受けているか、受けられる状態にあること
ここでいう1年は、会社が変わっていても、健康保険が途切れていなければ通算できます。一方で、国民健康保険や任意継続の期間、共済組合の期間はこの1年に数えません。転職直後で加入期間が短い人ほど、ここが最大の論点になります。
加入して11か月で辞めると継続給付はゼロ、12か月と1日で辞めれば対象になり得る。数日の差で結論がひっくり返るのが、この条件のこわいところです。保険証の資格取得日を先に確認してください。
事実2:会社に休職制度があるか、期間はどれだけか
意外に知られていませんが、休職は法律上の制度ではありません。産前産後休業や育児休業と違い、会社が設けるかどうかは自由で、あるかどうかも期間も就業規則で決まります。勤続年数によって期間が変わる規定(勤続1年未満は対象外、3年以上は6か月など)も一般的です。
つまり「休職してから考える」という選択肢は、全員に用意されているわけではありません。まず就業規則を確認し、自分が対象になるのか、何か月使えるのかを把握するところから始まります。就業規則が見当たらない場合は、人事・総務に開示を求めれば確認できます。
- 保険証の資格取得日(退職予定日までに継続1年になるか)
- 就業規則の休職の章(対象者・期間・期間満了時の扱い・給与の有無)
5つの質問でわかる判定チャート
上の2つを踏まえて、5問で順番を絞ります。あくまでお金と手続きの観点であり、最終的な療養の判断は主治医と相談してください。
| 質問 | 答え | 向いている順番 |
|---|---|---|
| Q1 退職日の時点で健康保険の加入が継続1年以上になるか | いいえ | 休職を先に。1年を超える日まで在籍を保つ |
| Q2 会社に休職制度があるか | ない | 休職の選択肢がない。有給消化や欠勤の扱いを人事に確認する |
| Q3 すでに連続3日以上休んで待期が完成しているか | いいえ | 退職前に待期を完成させ、支給を開始しておく |
| Q4 復職する可能性が少しでもあるか | ある | 休職を先に。復職の受け皿を残せる |
| Q5 職場にいること自体が症状を悪化させているか | はい | 在籍のまま休む(休職・欠勤)。出社せずに距離を取る |
Q1が「いいえ」なら、ほぼ休職が先です。Q1が「はい」でQ4・Q5も落ち着いているなら、順番の自由度は高く、退職日と支給開始の関係だけ間違えなければどちらでも構いません。なお、Q5に当てはまる状態でも、辞めること自体を急ぐ必要はありません。在籍したまま出社を止めるという選択肢が、いちばん取りこぼしが少ない場面は多くあります。
加入期間別・受け取れる額の早見表
ここがこの記事の核心です。標準報酬月額30万円(日額およそ6,667円、月およそ20万円)の人が、加入期間別に「今すぐ辞めた場合」と「1年を超えてから辞めた場合」で受け取れる傷病手当金の目安を並べます。
| 退職日時点の加入期間 | 今すぐ辞めた場合 | 1年を超えてから辞めた場合 | 差の目安 |
|---|---|---|---|
| 6か月 | 在職中の分のみ (退職日で打ち切り) |
最長で残り期間ぶん (通算1年6か月まで) |
半年待てるかで数十万〜百万円台 |
| 11か月 | 在職中の分のみ (退職日で打ち切り) |
あと1か月在籍するだけで 継続給付の対象になり得る |
1か月の差で最大100万円超 |
| 1年1か月 | 条件を満たせば継続給付の対象 | 同左(待つ必要なし) | 差はつかない |
| 3年 | 条件を満たせば継続給付の対象 | 同左(待つ必要なし) | 差はつかない |
※ 2026年9月時点の制度にもとづく目安です。支給期間は「支給を開始した日から通算して1年6か月」で、出勤した日は期間に数えません。実際の支給可否と金額は、加入している健康保険(協会けんぽ・健康保険組合)の判断によります。
11か月の行が、いちばん伝えたい部分です。あと1か月だけ在籍を続けるかどうかで、その後1年以上の生活費の土台があるかないかが変わります。もちろん「あと1か月耐える」という意味ではありません。休職や欠勤で出社せずに在籍だけを続けることで条件を満たしにいく、という発想です。支給額そのものの計算方法は傷病手当金の受け取り方で詳しく解説しています。
休職を先にする場合の進め方
休職を挟む場合の流れです。会社ごとの運用差はありますが、骨格は共通しています。
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医師に相談し、診断書をもらう
休職にも傷病手当金にも、働けない状態であることの医学的な裏づけが要ります。診断書には療養が必要な期間が書かれるのが一般的です。期間の見立ても含め、判断は主治医に委ねてください。
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就業規則の休職規定を確認し、申請する
対象者の条件、期間、給与の有無、期間満了時の扱いの4点を確認します。申請の窓口は人事・総務であることが多く、診断書の提出を求められます。多くの会社で休職中は無給なので、その間の収入は傷病手当金が中心になります。
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連続3日の待期を完成させる
連続して3日仕事を休むと待期が成立し、4日目以降が傷病手当金の支給対象になります。土日祝や有給休暇の日も待期に数えられます。ここを完成させないまま辞めてしまうと、継続給付の入口に立てません。
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傷病手当金を申請し、支給を始める
申請書には本人が書く欄、医師が書く欄(療養担当者記入欄)、会社が書く欄(事業主証明欄)があります。会社と直接やり取りできない状態なら、郵送で完結させるか、後述の方法を検討してください。
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復職か退職かを、期限が来る前に決める
休職期間には終わりがあります。期間が満了しても復職できない場合、就業規則の定めにより自然退職または解雇となる会社が多いため、満了日の1〜2か月前には方向性を医師と相談しておくと選択肢が残ります。
傷病により就業が困難で離職した場合、特定理由離職者と判断されることがあります。その場合、自己都合退職に付く給付制限がつかない扱いになり得ます。判断はハローワークが離職票の離職理由と診断書などをもとに個別に行うので、必ず書類を持って相談してください。会社都合・自己都合の違いそのものは会社都合退職と自己都合退職の違いにまとめています。
退職を先にする場合の進め方
加入期間が十分にあり、復職の可能性も低く、在籍していること自体が負担になっている場合は、退職を先に選ぶほうが合理的なこともあります。その場合の注意点です。
| 確認すること | なぜ必要か |
|---|---|
| 退職日までに支給が始まっているか | 継続給付の条件が「退職日に受けているか、受けられる状態」であるため |
| 退職日が加入1年を超えているか | 1日足りないだけで継続給付の対象外になり得るため |
| 有給をどう使うか | 有給を消化した日は給与が出るため、その日の傷病手当金は原則支給されない |
| 退職後の健康保険をどうするか | 任意継続か国民健康保険かで保険料が変わる。継続給付の受給自体には影響しない |
| 退職日に出勤しないで済むか | 出勤すると継続給付の条件を満たさなくなるおそれがあるため |
有給の扱いは迷いどころです。有給を使った日は給与が支払われるため、その日の傷病手当金は原則出ません。ただし有給のほうが手取りは多くなるのが普通なので、「損」とは限りません。使い切ってから休職に入るか、残して買い取りや消化を交渉するかは有給消化と退職を参照してください。退職後の保険の選び方は任意継続と国保はどちらが得かにまとめています。
お金のリレー年表(休職→退職→失業保険)
制度をバラバラに読むと分かりにくいので、時系列に並べます。加入期間が11か月の人が、1か月休職してから辞めるケースのイメージです。
| 時期 | 身分 | 収入の柱 | この時期にやること |
|---|---|---|---|
| 0日目 | 在職(欠勤) | — | 受診・診断書。ここから連続3日休んで待期を完成させる |
| 4日目〜 | 在職(休職) | 傷病手当金 | 傷病手当金を申請。支給開始日がここで確定する |
| 加入1年を超えた日以降 | 在職(休職) | 傷病手当金 | 継続給付の条件のうち「1年以上」を満たす。退職日を検討 |
| 退職日 | 在職最終日 | 傷病手当金 | 出勤しない。私物の受け取りも郵送で |
| 退職日の翌日〜 | 離職 | 傷病手当金(継続給付) | 健康保険の切り替え、年金の切り替え。ハローワークで受給期間の延長を申請 |
| 支給開始から通算1年6か月 | 離職 | 傷病手当金が終了 | 働ける状態かを医師と確認する |
| 働ける状態に戻ってから | 求職中 | 失業保険(基本手当) | 延長を解除し、求職の申し込みをして受給を始める |
※ 2026年9月時点の制度にもとづく一般的な流れです。個別の可否は健康保険の保険者とハローワークの判断によります。
この年表で押さえてほしいのは、傷病手当金と失業保険は同時には受け取れないが、順番に受け取ることはできるという点です。失業保険は「働ける状態で求職している」ことが条件なので、療養中は受けられません。代わりに、病気やケガで30日以上働けないときは受給期間の延長を申請でき、本来1年の受給期間を最長3年延長して、合計最長4年まで先送りできます。
延長を申請しないまま療養していると、受給期間の1年が静かに過ぎて失業保険を受け取れなくなることがあります。退職して30日以上働けない状態が続いたら、その翌日以降に手続きできます。体調が許すタイミングで、早めにハローワークへ相談してください。失業保険の時期の全体像は失業保険はいつからもらえるかにあります。
退職日にやってはいけない3つのこと
ここまで整えても、最後の1日で条件を落とすことがあります。実際に相談を受けていて多いのが次の3つです。
1:退職日に出勤する
最も多い失敗です。退職日に出勤すると「働ける状態だった」と扱われ、資格喪失日以降の傷病手当金が支給されないと協会けんぽが案内しています。挨拶、私物の引き取り、書類のサイン、どんな理由でも出社は避けてください。私物は郵送、書類は郵送かデータでやり取りできます。
2:退職日を「区切りがいいから」で決める
月末や年度末は区切りとしては自然ですが、加入期間が1年に届く日と数日ずれているだけで結論が変わることがあります。決める前に、保険証の資格取得日から数え直してください。社会保険料の負担は退職日が月末か月末以外かで変わるため、そこも併せて確認しておくと計算が合います。
3:支給が始まる前に退職届を出してしまう
退職の意思表示そのものは問題ありませんが、退職日が待期の完成より前に設定されてしまうと、継続給付の入口に立てません。退職届を出す前に、待期の完成日と支給開始日の見込みを確認してください。退職届の書き方は退職届の書き方にまとめています。
会社と話せない状態のときの選択肢
ここまでの手続きは、どれも会社とのやり取りを前提にしています。ところが体調不良での退職では、その会社に連絡すること自体が難しいという状態が珍しくありません。上司の声を聞くと動悸がする、メールの通知を開けない、といった段階です。
その場合の選択肢は、おおむね次のように整理できます。
| 依頼先 | できること | できないこと |
|---|---|---|
| 家族・信頼できる同僚 | 書類の受け渡し、状況の橋渡し | 退職の意思表示を代わりにすることは本人の委任が前提 |
| 民間業者の退職代行 | 退職の意思を伝える、連絡の窓口になる | 会社との交渉はできない(非弁行為にあたるため) |
| 労働組合が実施する退職代行 | 退職の意思を伝えるほか、団体交渉として退職日や有給、書類の取り扱いを話し合える | 損害賠償請求など法律事務にあたる対応はできない |
| 弁護士 | 代理人として交渉、未払い賃金や慰謝料の請求、訴訟まで対応できる | 費用は民間業者や労働組合より高くなるのが一般的 |
傷病手当金の申請書には会社が記入する事業主証明欄があるため、退職後も会社と1往復は書類のやり取りが残ります。ここを自分でやれるかどうかが、依頼先を選ぶ実質的な基準になります。休職中に依頼するときに代行業者へ伝えておく項目と、立替保険料の目安は休職中に退職代行は使える?にまとめています。交渉ができる・できないの線引きは労働組合と弁護士の違い、依頼先ごとの比較は退職代行5社の比較で確認できます。
どこに頼むにせよ、支給の可否そのものを決めるのは健康保険の保険者です。代行業者が受給を約束できるものではない点は、相談する前に頭の片隅に置いておいてください。依頼先の具体的な候補は、この記事の最後にまとめています。
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よくある質問
休職と退職、結局どちらが正解ですか?
会社に休職制度がない場合はどうすればいいですか?
転職したばかりでも傷病手当金はもらえますか?
うつでの退職は、履歴書や次の転職に響きますか?
退職後に体調が悪化した場合、期間は延びますか?
お金がもつか不安です。何から確認すればいいですか?
まとめ:順番は感情ではなく、日付で決まる
- 分かれ目は健康保険の加入期間が退職日時点で継続1年以上あるか
- 1年に届いていないなら、休職や欠勤で在籍を保ち、1年を超えてから退職するほうが有利になりやすい
- 休職制度は法律上のものではなく、就業規則次第。まず対象と期間を確認する
- 退職前に連続3日の待期を完成させ、支給を始めておく
- 退職日には出勤しない。挨拶も私物の引き取りも避ける
- 失業保険は同時には受けられない。受給期間の延長を申請して、回復後に回す
制度の中身をもう一歩詳しく知りたいときは傷病手当金の受け取り方、退職後の手続きを順番に片づけたいときは退職後の手続き完全ガイドへ。体調を崩した原因が職場環境にある場合は、パワハラで退職するときの記録の残し方も併せて確認してください。
最後に一つだけ。この記事は手続きとお金の順番を扱っていますが、順番を最適化することより、まず休むことのほうが優先されます。数字の話は、動ける日に読み返せば足ります。
- 全国健康保険協会(協会けんぽ)「傷病手当金」(支給条件・待期3日・通算1年6か月・資格喪失後の継続給付・退職日に出勤した場合の扱い/2026年9月確認)
- 健康保険法99条(傷病手当金)・104条(資格喪失後の継続給付)
- 厚生労働省・ハローワーク(基本手当の受給期間延長、特定理由離職者の範囲)
- 休職制度が法定でない点、休職期間満了時の取り扱いについては、各社の就業規則および一般的な労務実務の解説を参照(2026年9月確認)

