「ボーナスをもらってから辞めるのは、さすがにずるいだろうか」。この後ろめたさで、伝える時期を決められないまま数か月が過ぎてしまう人は少なくありません。
ですが、賞与を受け取ってから退職することは制度として想定された動きです。会社側もそれを前提に、賞与規程に「支給日に在籍している者に支給する」という条件を置いています。ルールが決まっている以上、あとは自分の会社の規程を読んで、日付を並べるだけの作業です。この記事では、その並べ方を最後まで具体化します。
ポイントは2つあります。1つ目は「支給日に在籍しているか」。多くの賞与規程にある支給日在籍要件は、最高裁判所の昭和57年10月7日判決(大和銀行事件)で合理的かつ有効と判断されています。逆に言えば、支給日に在籍していれば、退職の意思を伝えたあとでも原則として支給対象です。
2つ目は見落とされがちな部分で、退職日が「支給月の末日」か「その前」かで手取りが変わることです。賞与支給月の末日より前に退職すると、その月の社会保険料が発生せず、賞与から健康保険料・厚生年金保険料(本人負担はおおむね14〜15%)が引かれません。ただし、その月の国民年金・国民健康保険を自分で払うことになるため、差引で比べる必要があります。
退職日から逆算したいなら、ツールがあります
支給日・退職日・就業規則の申告期限をカレンダーに置くと、伝える日が1日単位で決まります。
ボーナスは「働いた分の後払い」ではない
「算定期間をまるまる働いたのだから、その分はもらえるはずだ」。感覚としてはまったく自然ですが、法律上の賞与はそういう組み立てになっていません。ここを理解しておくと、以降の話が全部つながります。
賞与は労働基準法第11条の賃金にあたりますが、毎月の給与とは性質が違います。毎月の給与は働いた時間に応じて自動的に発生するのに対し、賞与は就業規則や労使の取り決めによって、支給するかどうか・いくらか・いつ払うかが決まって初めて請求できるようになるものと整理されています。
この整理の上に立って、最高裁判所は昭和57年10月7日の判決(大和銀行事件)で、「支給日に在籍していることを賞与の支給要件とすることは合理的であり有効」と判断しました。だから「算定期間はフルで勤務したのに、退職日が支給日の1日前だったのでゼロ」という結果が、制度としては成立してしまいます。
支給の条件が「支給日に在籍していること」である以上、支給日に在籍していれば要件は満たしているという話でもあります。「もう辞めると言った人だから」という理由だけで不支給にするのは、規程に根拠がなければ通りません。制度は片側だけに都合よくはできていません。
最初に読むのは賞与規程の3行
就業規則、または賃金規程・賞与規程を開いて、次の3つだけを探してください。ここが分かれば、あとは日付を置くだけです。
| 確認するもの | 典型的な文言 | 見つかると何が決まるか |
|---|---|---|
| 支給日在籍要件 | 「賞与は支給日に在籍する者に支給する」 | 退職日を支給日より後に置く必要がある |
| 算定期間 | 「夏季賞与は前年10月1日から3月31日まで」 | 期間の途中で入社・休職した場合の按分の基準になる |
| 退職予定者の減額条項 | 「支給日後◯か月以内に退職する者は◯割を支給する」 | 満額を受け取るなら伝える時期の調整が要る |
※ 文言は会社によって異なります。「在籍」「算定対象期間」「賞与」で本文検索すると見つかりやすくなります。
3つ目の減額条項は、あるとかなり影響します。賞与には過去の労働への評価だけでなく、これから先も働いてもらうことへの期待という側面があると説明されることが多く、そのため退職予定者について一定の減額を定めること自体が直ちに無効とはされていません。一方で、実質的に全額不支給に等しいほど大幅な減額になると、争いになる余地があります。線引きは個別の事情によるため、金額が大きい場合は弁護士に相談してください。
就業規則は、労働者が知ろうと思えば知れる状態に置かれていて初めて効力を持つのが原則です。「規程は見せられない」と言われたまま、その規程を根拠に不支給とされたのなら、その点は記録に残しておいてください。労働基準監督署や、各都道府県労働局の総合労働相談コーナーに無料で相談できます。
退職日と支給日の前後で決まる4象限
規程を読んだら、退職日を置きます。判定はこの表でほぼ尽きます。
| 退職日の位置 | 支給日在籍要件がある場合 | 支給日在籍要件がない場合 |
|---|---|---|
| 支給日より前 | 原則もらえない | 算定期間の在籍分について支給される余地がある(規程・慣行による) |
| 支給日と同じ日 | 「在籍」の解釈が分かれる。規程と過去の運用の確認が必要 | もらえる |
| 支給日より後 | もらえる(減額条項があれば減額されうる) | もらえる |
実務でいちばん揉めやすいのが真ん中の行です。退職日を支給日と同じ日に置くと、「支給日の終業時点で在籍していた」と読むか「その日をもって在籍でなくなった」と読むかで結論が変わってしまいます。迷う余地を作らないために、退職日は支給日の翌日以降に置くのが安全です。数日ずらすだけで済む話なので、ここでリスクを取る意味はありません。
最高裁判所は昭和60年3月12日の判決(ニプロ医工事件)で、賞与の支給日が例年より大幅に遅れたような場合には、支給日在籍要件をそのまま適用しないという考え方を示しています。会社が支給日をずらしたせいで受け取れなくなった、というケースには争う余地があります。ただし何をもって「大幅」と見るかは個別の事情によるため、実際に争うかどうかは弁護士に相談したうえで判断してください。
退職日が「月末」か「月中」かで手取りが変わる
ここからが、この記事でいちばんお伝えしたい部分です。支給日をクリアしたあとに、もう一段の分岐があります。
社会保険料(健康保険料・厚生年金保険料)は、資格喪失日が属する月の前月分まで発生します。そして資格喪失日は退職日の翌日です。この2つを組み合わせると、こうなります。
- 6月30日(月末)に退職 → 資格喪失日は7月1日 → 6月分の保険料が発生 → 6月に支給された賞与から社会保険料が引かれる
- 6月25日(月中)に退職 → 資格喪失日は6月26日 → 6月分の保険料は発生しない → 6月に支給された賞与から社会保険料が引かれない
本人負担の率は、厚生年金保険料が9.15%、健康保険料が5%前後(協会けんぽの場合。都道府県で異なる)、40歳以上65歳未満はここに介護保険料が0.8%前後加わります。合計するとおおむね14〜15%。賞与の金額に当てはめると、次のような差になります。
| 賞与額(税・社会保険料を引く前) | 引かれる社会保険料の目安(本人負担) |
|---|---|
| 40万円 | 約5.7万〜6.0万円 |
| 60万円 | 約8.5万〜9.0万円 |
| 80万円 | 約11.4万〜12.0万円 |
※ 2026年9月時点の料率をもとにした目安です。健康保険料率は都道府県・健康保険組合によって異なり、40歳以上65歳未満は介護保険料が加わります。賞与の社会保険料には上限(健康保険は年度累計、厚生年金は1回あたり)があるため、高額な賞与では率どおりになりません。
ただし「月中に辞めれば丸ごと得」ではありません。その月の健康保険・年金は自分で払うことになります。賞与60万円・月給30万円・40歳未満・単身というモデルで並べると、こうなります。
| 項目 | 6月30日退職(月末) | 6月25日退職(月中) |
|---|---|---|
| 賞与60万円からの社会保険料 | 約8.5万円 引かれる | 0円 |
| 6月の給与からの社会保険料 | 約4.4万円 引かれる | 0円 |
| 6月分の国民年金・国民健康保険 | なし(厚生年金・健康保険に加入) | 約4.3万円を自分で払う |
| 6月の給与 | 満額 | 5日分少ない(約5万円減) |
| 差引 | — | おおむね3万〜4万円 手元に多く残る |
※ 国民年金保険料は2026年度の月額17,920円、国民健康保険料は月2.5万円と仮定した試算です。国民健康保険料は前年所得と自治体で大きく変わるため、必ず自分の数字で計算してください。給与の日割り分は、有給を残して辞める場合の目減りとして計上しています。
健康保険は国民健康保険のほかに、それまでの健康保険を続ける任意継続という選択肢もあります。どちらが安いかは前職の標準報酬月額と扶養家族の人数で逆転するので、任意継続と国保はどっちが得かで先に試算しておいてください。申請期限が退職日の翌日から20日以内と短い点にも注意が要ります。年金の切り替えと免除制度は退職後の年金の切り替えにまとめています。
- 同じ月に転職先で社会保険に加入する場合。転職先で6月分が引かれるため、差はほぼ消えます
- 有給を最終日まで使い切る予定の場合。退職日を前倒しすると、使えたはずの有給がそのまま消えます(有給消化の進め方)
- 雇用保険料と所得税は、退職日にかかわらず賞与から引かれます。ここは変わりません
- 保険料がかからない賞与は、その分が将来の厚生年金額の計算にも反映されないと考えられます。影響はごくわずかですが、まったくの無傷ではありません
それから、これは伝え方の問題です。「社会保険料を避けたいので退職日を5日早めたい」と説明する必要はありません。退職日の設定は本来こちらの希望を出してよいものですが、賞与の支給日を過ぎてから相談するほうが、余計な勘ぐりを招かずに済みます。住民税の一括徴収も退職月によって扱いが変わるので、退職後の住民税とあわせて日付を決めてください。
伝えるタイミングの逆算
ここまでは「退職日をどこに置くか」の話でした。次は「いつ伝えるか」です。この2つは別物で、しかもしばしば衝突します。
-
支給日を確定させる
賞与規程か、過去の給与明細で実際の支給日を確認します。「6月末」ではなく「6月10日」まで特定してください。1日の違いが結論を変えます。
-
減額条項の有無を確認する
ここが無ければ、支給日より前に伝えても金額への影響は原則ありません。あるなら、次のステップの計算が変わります。
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就業規則の申告期限から逆算する
「退職の◯か月前までに申し出る」という定めが1〜3か月前で置かれているのが一般的です。希望する退職日から、その期間を引いた日が「伝える日」になります。
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衝突したら、どちらを動かすか決める
例えば支給日6月10日・退職希望7月31日・申告期限3か月前なら、伝える日は4月末で支給日より前になります。減額条項がなければそのまま進めて問題ありません。あるなら、退職日を後ろにずらすか、減額を受け入れるかの二択です。
なお、期間の定めのない雇用であれば、民法第627条第1項により、退職の申し入れから2週間の経過で契約は終了すると定められています。就業規則の「3か月前」との関係については見解が分かれており、争いになることもあります。円満に進めたいなら就業規則に合わせ、それが難しい事情があるなら法律上の期間を踏まえて相談する、という順番で考えるのが現実的です。伝える曜日や時間帯まで含めた組み立ては退職を伝えるベストなタイミングに、切り出し方そのものは退職が言い出せないときの切り出し方にまとめています。
支給後に「返せ」と言われたら
まれにですが、賞与を受け取ってから退職を伝えたところ「規程により返還してもらう」と言われた、という相談があります。
前提として、賞与は労働基準法第11条の賃金にあたり、同法第24条の全額払いの原則が及びます。すでに支払われた賃金について、会社が一方的に返還させたり、次の給与から差し引いたりすることは原則としてできません。「支給後一定期間内に退職した場合は返還する」という条項が置かれている例もありますが、その有効性には争いがあり、書いてあるから直ちに従わなければならないというものではありません。
- その場で払わない・同意書にサインしない。いったん持ち帰ると伝えるだけで構いません
- 根拠となる規程の条文を書面で示してもらう。口頭の説明だけなら、その旨をメモに残す
- 各都道府県労働局の総合労働相談コーナー(無料)か弁護士に相談してから対応を決める
- 給与から勝手に差し引かれていた場合は、給与明細を保存しておく
なお、入社時に支払われる一時金(いわゆるサインオンボーナス)のように、性質の違う金銭には別の判断が働くことがあります。名称が「賞与」でも中身が違う場合があるため、支給の根拠がどこにあるかは確認しておいてください。
言い出しにくいときの選択肢
ここまでの整理を読んでも、実際に切り出せるかどうかは別の問題です。「ボーナスをもらった直後に辞めると言うのは気まずい」「引き止められて日程を後ろに動かされそう」という不安は、制度の話では解けません。
その場合の選択肢は3つあります。誰が何をできるかは法律で線引きされているので、そこだけ間違えないでください。
| 依頼先 | できること | できないこと |
|---|---|---|
| 民間業者の退職代行 | 退職の意思を本人に代わって伝える | 退職日・有給・賞与についての交渉はできない |
| 労働組合が実施する代行 | 団体交渉として、退職日や有給消化の調整ができる | 訴訟の代理はできない |
| 弁護士 | 交渉に加え、未払い賞与などの請求まで対応できる | — |
「支給日の直後に退職日を置きたい」「有給を消化して退職日を調整したい」という日程の交渉が必要なら、労働組合が実施する代行が現実的な線です。一方、賞与が支払われなかった分を請求する段階まで進むなら、それができるのは弁護士だけです。この違いは労働組合と弁護士の違いで詳しく解説しています。業者選びの全体像は退職代行おすすめ比較にまとめました。
よくある質問
支給日の翌日に退職を伝えても大丈夫ですか?
ボーナス前に退職を伝えたら、減額されると言われました
算定期間はすべて働いたのに、支給日前に辞めると1円ももらえないのですか?
夏と冬、どちらでもらってから辞めるほうが得ですか?
退職金にも支給日在籍要件はありますか?
まとめ:読むべきは3行、置くべきは2つの日付
- 賞与規程で支給日在籍要件・算定期間・減額条項の3つを確認する
- 支給日在籍要件は最高裁で有効とされている一方、支給日に在籍していれば要件は満たす
- 退職日は支給日の翌日以降に置く。支給日と同じ日は解釈が割れるので避ける
- 退職日を支給月の末日より前にすると賞与から社会保険料が引かれない。国民年金・国保の自己負担と差引で比べる
- すでに支払われた賞与の返還請求には応じる前に相談。全額払いの原則が働く
日程が決まったら、退職後の手続きの順番は退職後の手続き完全ガイドに沿って進めてください。辞めるまでの生活費の見積もりは退職前の貯金はいくら必要かで計算できます。
- 最高裁判所 昭和57年10月7日判決(大和銀行事件) — 賞与の支給日在籍要件を合理的かつ有効と判断
- 最高裁判所 昭和60年3月12日判決(ニプロ医工事件) — 支給日が例年より大幅に遅れた場合の支給日在籍要件の扱い
- 労働基準法 第11条(賃金の定義)・第24条(賃金の全額払いの原則)・第89条(就業規則の作成および届出)
- 民法 第627条第1項(期間の定めのない雇用の解約の申入れ)
- 日本年金機構 — 資格喪失日と社会保険料の考え方、賞与支払届、2026年度の国民年金保険料 月額17,920円(2026年9月確認)
- 全国健康保険協会(協会けんぽ) — 健康保険料率(都道府県ごとに異なる)、介護保険料率、任意継続被保険者制度の申請期限(2026年9月確認)
- 厚生労働省「労働基準情報:FAQ(よくある質問) 賃金関係」(2026年9月確認)
- 本文中の金額は、賞与60万円・月給30万円・40歳未満・単身などのモデルを用いた2026年9月時点の目安です。実際の保険料は標準報酬月額・都道府県・年齢・自治体で変わります。個別の判断は年金事務所、市区町村の窓口、労働局の総合労働相談コーナー、弁護士にご確認ください。
